引きずられない人

 

空海入門 (角川ソフィア文庫)

空海入門 (角川ソフィア文庫)

 

 

”わが国の生んだ最大の思想家、宗教家、そして芸術や文化の発展に大きく貢献した「引きずられない人」空海。その生涯と思想から、大師信仰とは違う「人間」としての空海の魅力に迫る最新の入門書。”(「MARC」データベースより)

 

 

別に仏教じゃなくてもよい。

生きるということは悩みや迷いが多いものである。時にそれは自分一人では抱えきれないものになる。

人というものは何かにすがらなくては生きて行けない。宗教というものはそのために存在している。

仏教、神道儒教キリスト教イスラム教、世の中に宗教というのは沢山あるが、自分が生きて行きやすいのであればどれでも構わない。肝要なのは自分が生きやすいと思った宗教を信仰することだ。それこそが宗教の本来の役割であり、あり方であると思う。

 

一方的な価値観で他の価値観を断定することは危険。もちろん多くの人々をまとめるためにはどれか一つの価値観でまとめなくてはならない。そういった時自分の信仰だけが正しく、他の信仰は悪だと考えることは争いを生み、人を不幸にする。 本来は人を救うための宗教が、その時は悪魔になる。

 

空海はそんな宗教的価値観の対立を乗り越え、一つの結論に達した。

 

空海は香川の豪族の生まれであり、幼い頃から儒教の思想や神道を学んできた。儒教神道の影響は生涯に渡って重要な財産として空海の中に残るが、最終的に選んだのは仏教であった。

空海の人生は悩みの多い人生であった。24歳の頃の著書「三教指帰」はその心情が吐露されている。

そして儒教神道、仏教と学んでいく中で、最終的に自らが救われるのは仏教によってであると発見した。空海は仏教を深く学び、変革していくのだが、空海は何も仏教こそが最上の宗教であると言ってはいない。それは人それぞれ違っていいのだ。

 

ここが空海の真髄である。そして現在の宗教問題を乗り越えることのできるヒントが隠されている。

つまり、「許容」である。

 

これこそが最上の教えであると決めつけてしまうことは他を排することにつながり対立を生むのだ。宗教はもっと自由でいい。個々人がこれがよいと思った教えを信仰すればよいのだ。それこそが宗教の本来の姿であり、空海自身も別に儒教でも神道でもよかった。たまたま空海自身は仏教であっただけなのだ。

 

現実はそう簡単な話ではないかもしれない。しかし空海の悩み抜いた人生から何かしらのヒントは導き出すことができるのではないだろうか。